インシデント管理とは?体制構築からツール選定まで徹底解説する完全ガイド

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ITシステムのトラブルやサービス停止といった「インシデント」は、ビジネスに深刻な影響を与えかねません。迅速な復旧と事業への影響を最小限に抑える鍵は、場当たり的な対応ではなく、体系的な「インシデント管理」の仕組みを構築することにあります。本記事では、インシデント管理の基本定義から、ITILに準拠した標準的なプロセス、効果的な体制の構築方法、さらには自社に最適なツールの選定ポイントまで、初心者にも分かりやすく網羅的に解説します。この完全ガイドを読めば、インシデント管理の全体像を深く理解し、サービス品質の向上と安定稼働を実現するための具体的なアクションプランを描けるようになります。

目次

インシデント管理とは何か その基本を理解する

ビジネスの継続性を脅かす予期せぬトラブル、それが「インシデント」です。現代のビジネスはITシステムと密接に連携しており、システムの一部が停止するだけで業務全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。インシデント管理は、こうした事態に迅速かつ的確に対応し、ビジネスへの影響を最小限に抑えるための極めて重要な活動です。この章では、インシデント管理の基礎となる定義から、その目的、そして混同されがちな関連用語との違いまでを、具体例を交えながら分かりやすく解説します。

インシデントの定義と身近な事例

インシデント管理を理解する上で、まず「インシデント」が何を指すのかを正確に把握する必要があります。ITサービスマネジメントのベストプラクティス集であるITIL(Information Technology Infrastructure Library)では、インシデントを「サービスの品質を低下させる、または低下させる可能性のある、計画外の中断」と定義しています。

重要なのは、実際にサービスが停止した事象だけでなく、「このまま放置すればサービス停止につながる恐れがある」といった潜在的なリスクもインシデントに含まれる点です。これは、問題が深刻化する前に芽を摘むという予防的な側面もインシデント管理が担っていることを示しています。

私たちの身の回りには、多くのインシデントが存在します。以下に具体的な事例を挙げます。

  • Webサイトにアクセスできない、表示が極端に遅い
  • 社内の業務システムにログインできない
  • 顧客管理システムからデータを検索できない
  • 会社のメールが送受信できなくなる
  • オフィスのプリンターから印刷ができない
  • 工場の生産ラインが予期せず停止した
  • 店舗のPOSレジがフリーズして会計処理ができない

このように、インシデントはIT部門だけでなく、ビジネスのあらゆる場面で発生しうる事象であることがわかります。

インシデント管理の目的とビジネスにおける重要性

インシデント管理の最大の目的は、根本原因を追求することではなく、「可能な限り迅速にサービスを正常な状態に復旧させ、ビジネスへの影響を最小限に抑えること」です。火事の現場で例えるなら、まずは消火活動に全力を注ぎ、鎮火させてから出火原因を調査するのと同じです。迅速な復旧を最優先することで、企業は様々なリスクを回避できます。

インシデント管理がビジネスにおいて重要である理由は、主に以下の4点に集約されます。

顧客満足度の維持・向上
サービスが利用できない時間は、顧客の不満に直結します。迅速な復旧は顧客の信頼を維持し、長期的な関係構築につながります。
ビジネス機会損失の防止
ECサイトの停止は直接的な売上損失を意味し、業務システムのダウンは従業員の生産性を著しく低下させます。インシデント管理は、これらの機会損失を最小化します。
ブランドイメージの保護
頻繁なシステムトラブルや対応の遅れは、企業の技術力や信頼性に対する疑念を生み、ブランドイメージを大きく損なう可能性があります。
業務効率の向上
インシデントへの対応プロセスを標準化することで、場当たり的な対応による混乱を防ぎ、組織全体として効率的かつ効果的に問題解決にあたることができます。

インシデント管理と関連用語の違い

インシデント管理の現場では、「問題管理」「障害管理」「変更管理」といった類似した用語が使われます。これらの違いを正しく理解することは、適切な管理体制を構築する上で不可欠です。ここでは、それぞれの違いを明確に解説します。

問題管理との違い

インシデント管理と最も混同されやすいのが「問題管理」です。両者の目的は明確に異なります。

  • インシデント管理:サービスの迅速な復旧(応急処置)が目的。
  • 問題管理:インシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を見つけて再発を防止することが目的。

例えば、「Webサーバーが頻繁に応答しなくなる」というインシデントが繰り返し発生しているとします。インシデント管理では、その都度サーバーを再起動してサービスを復旧させます。一方、問題管理では、「なぜ頻繁に応答しなくなるのか」という根本原因(例:メモリリーク、特定の処理による高負荷など)を調査し、プログラムの修正やサーバー増強といった恒久的な対策を実施します。インシデント管理が「対症療法」であるのに対し、問題管理は「根本治療」と位置づけられます。

障害管理との違い

「インシデント」と「障害」も密接に関連していますが、視点が異なります。

  • インシデント:利用者から見た「サービスが正常に使えない状態」(影響)。
  • 障害:ITインフラを構成する要素(サーバー、ネットワーク機器など)の「故障や不具合」(原因)。

「Webサイトが表示されない」というのは利用者視点のインシデントです。その原因が「Webサーバーのハードディスク故障」であれば、それが障害となります。ただし、すべてのインシデントが障害によって引き起こされるわけではありません。例えば、アクセス集中によるパフォーマンス低下や、人為的な設定ミスもインシデントの原因となり得ます。障害はインシデントを引き起こす原因の一つと理解するとよいでしょう。

変更管理との違い

変更管理は、インシデント管理とは対照的な性質を持つプロセスです。

  • インシデント管理:「計画外」の出来事に対応し、元の正常な状態に戻すプロセス。
  • 変更管理:サービスに影響を与える可能性のある構成要素(ハードウェア、ソフトウェア等)への変更を、「計画的」に管理・実行するプロセス。

変更管理の目的は、変更に伴うリスクを評価し、サービスへの悪影響を最小限に抑えながら、安全に変更作業を実施することです。不適切な変更管理がインシデントの引き金になることも少なくありません。逆に、問題管理で特定された根本原因を解決するために、変更管理のプロセスを経てシステム修正が行われるなど、両者は密接に連携しています。

管理プロセス主な目的トリガー(きっかけ)対応の性質
インシデント管理サービスの迅速な復旧と影響の最小化計画外のサービス中断・品質低下リアクティブ(事後対応)
問題管理根本原因の特定と再発防止繰り返し発生するインシデント、重大なインシデントプロアクティブ(予防的対応)
障害管理構成要素の故障・不具合の管理ハードウェア故障、ソフトウェアのバグなどリアクティブ(事後対応)
変更管理変更に伴うリスクの管理と安全な実施機能追加、システム修正、インフラ更新などの計画プロアクティブ(計画的対応)

インシデント管理の標準的なプロセスとフロー

インシデント管理の標準プロセス(6ステップ) 対応の属人化を防ぎ、品質を一定に保ちながら迅速・効率的に復旧するための基本フロー ステップ1 検知と記録 チケット起票・一元管理 ステップ2 分類と優先度の決定 カテゴリ分類/影響×緊急度 ステップ3 初期調査と診断 ナレッジ検索・切り分け ステップ4 エスカレーションと二次対応 専門チームへ引継ぎ ステップ5 解決と復旧 検証・利用者確認 ステップ6 クローズと報告 記録・ナレッジ化 ワークアラウンド(暫定回避策) ナレッジベース/対応履歴 エスカレーション 一次解決可 蓄積 参照 客観的な優先度決定と情報の一元化が、迅速・高品質な復旧を支える

インシデント管理は、場当たり的に対応するものではなく、定められたプロセスに沿って体系的に進めることが極めて重要です。ここでは、国際的なITサービスマネジメントのベストプラクティスであるITIL(Information Technology Infrastructure Library)などをベースとした、標準的な6つのステップからなるプロセスとフローを解説します。

この一連の流れを確立することで、対応の属人化を防ぎ、誰が対応しても一定の品質を保ちながら、迅速かつ効率的にサービスを復旧させることが可能になります。

ステップ1 インシデントの検知と記録

インシデント管理の最初のステップは、インシデントの発生を「検知」し、その内容を正確に「記録」することです。検知のきっかけは、利用者からの電話やメール、チャットによる問い合わせ、あるいは監視ツールが発するアラートなど多岐にわたります。

インシデントを検知したら、速やかに管理ツールに「チケット」として起票し、以下の情報を記録します。この初期記録の正確さが、後の対応スピードと品質を大きく左右します。

  • インシデントの発生日時
  • 報告者の氏名・部署・連絡先
  • インシデントの内容(どのような事象が起きているか)
  • 発生しているシステムやサービスの名称
  • 影響を受けている利用者の範囲
  • エラーメッセージなどの具体的な情報

すべてのインシデントを一元的に記録・管理することが、対応漏れや重複対応を防ぐための第一歩となります。

ステップ2 分類と優先度の決定

記録されたインシデントは、次に「分類」と「優先度」の決定を行います。これは、適切な担当者へ迅速に割り振り、対応すべき順序を明確にするための重要なステップです。

まず、インシデントの内容に基づき、「ハードウェア障害」「ソフトウェアの不具合」「ネットワーク接続の問題」「アカウント関連」といったカテゴリに分類します。これにより、どの専門チームが対応すべきかが明確になります。

次に、ビジネスへの影響度合いを評価し、優先度を決定します。優先度は、一般的に「緊急度(ビジネスへの影響の大きさ)」と「影響範囲(影響を受ける利用者の数)」の2つの軸を組み合わせたマトリクスで判断されます。

影響範囲 / 緊急度高(基幹システム停止など)中(一部機能の利用不可など)低(軽微な問題など)
大(全社)最優先
中(特定部署)
小(個人)

客観的な基準に基づいて優先度を決定することで、限られたリソースを最も重要なインシデントに集中させ、ビジネスへの損害を最小限に抑えることができます。

ステップ3 初期調査と診断

優先度が決定されると、一次対応担当者(主にサービスデスク)による初期調査と診断が開始されます。このステップの目的は、インシデントの状況をより詳しく把握し、可能であれば迅速に解決することです。

担当者は、まずナレッジベースを検索し、過去に同様のインシデントが発生していないかを確認します。過去の対応履歴やFAQに解決策があれば、それに従って対応を進めます。解決策が見つからない場合は、利用者へのヒアリングやログの確認、基本的な切り分け作業を行い、問題の原因に関する仮説を立てます。

この段階で解決できたインシデントは、次のステップに進むことなく「ステップ5 解決と復旧」へと移行します。

ステップ4 エスカレーションと二次対応

初期調査で解決できない、あるいはより専門的な知識や権限が必要だと判断されたインシデントは、専門チーム(二次対応担当者)へ「エスカレーション」されます。エスカレーションとは、対応を上位の担当者や別の専門部署に引き継ぐことを指します。

エスカレーションを行う際には、これまでの調査内容や診断結果を正確に、かつ漏れなく伝えることが不可欠です。情報が不足していると、二次対応担当者が同じ調査を繰り返すことになり、解決までの時間が大幅に遅延してしまいます。

引き継ぎを受けた専門チームは、より詳細な調査(ログ解析、ソースコードの確認、インフラ環境のチェックなど)を行い、インシデントの根本原因を特定します。

ステップ5 解決と復旧

インシデントの原因が特定されると、解決策を実施し、システムやサービスを正常な状態へ「復旧」させるステップに入ります。具体的な解決策は、パッチの適用、設定の変更、ハードウェアの交換、データのリストアなど、原因に応じて様々です。

解決策を実施した後は、必ず動作確認を行います。サービスが正常に機能していることを確認し、可能であればインシデントを報告した利用者にも確認を依頼します。利用者の合意を得て、サービスが完全に復旧したことを確認するまでがこのステップの責任範囲です。

場合によっては、根本的な解決に時間がかかることもあります。その際は、まずサービスを継続させるための暫定的な回避策(ワークアラウンド)を講じ、利用者の業務影響を最小限に抑えることも重要です。根本的な解決は、後続の「問題管理」プロセスで扱われることもあります。

ステップ6 クローズと報告

インシデントが解決し、サービスが正常に復旧したことを利用者が確認したら、インシデント対応は最終段階の「クローズ」へと進みます。担当者は、対応の開始から完了までの全プロセス、原因、実施した解決策などをインシデント管理ツールのチケットに詳細に記録し、対応を完了させます。

クローズされたインシデントの情報は、単なる記録ではありません。これは組織にとって非常に価値のある「ナレッジ」となります。対応履歴をナレッジベースとして蓄積・整理し、誰もが参照できるようにすることで、将来同様のインシデントが発生した際に、より迅速かつ的確に対応できるようになります。このナレッジの蓄積と活用こそが、組織全体のインシデント対応能力を継続的に向上させる鍵となります。

効果的なインシデント管理体制の構築方法

インシデント管理のプロセスを円滑に運用するには、優れたツールやフローだけでなく、それを支える「体制」の構築が不可欠です。インシデントが発生した際に誰が、何を、どのように対応するのかが明確でなければ、対応の遅れや混乱を招き、ビジネスへの影響を拡大させてしまいます。ここでは、ITサービスマネジメントのベストプラクティスであるITILなどを参考に、効果的なインシデント管理体制を構築するための具体的な方法を解説します。

インシデント管理における役割と責任の明確化

体制構築の第一歩は、各担当者の役割と責任範囲を明確に定義することです。これにより、インシデント発生時に担当者間の連携がスムーズになり、迅速な対応が可能になります。主要な役割として、以下の3つが挙げられます。

サービスデスクの役割

サービスデスクは、ユーザーからの問い合わせを一元的に受け付ける窓口(SPOC: Single Point of Contact)であり、インシデント管理の最前線です。インシデントの初期対応を担い、可能な限りその場で解決を目指します。専門的な対応が必要な場合は、適切な専門チームへ正確に情報を引き継ぐ重要な役割も担います。

主な役割は以下の通りです。

  • ユーザーからの問い合わせ(電話、メール、チャットなど)の受付
  • インシデント内容のヒアリングと正確な記録(チケット発行)
  • ナレッジベースやFAQを活用した一次切り分けと解決
  • インシデントの優先度付けと担当チームへのエスカレーション
  • ユーザーへの進捗状況の報告とクローズの連絡

専門チームの役割

専門チームは、サービスデスクでは解決できない、高度な技術や専門知識を要するインシデントの二次対応、三次対応を担当します。インフラ、ネットワーク、アプリケーション、セキュリティなど、それぞれの専門領域ごとにチームが編成されるのが一般的です。

主な役割は以下の通りです。

  • サービスデスクからエスカレーションされたインシデントの調査・診断
  • 根本原因の特定と恒久的な解決策の実施
  • システム変更や修正プログラムの適用
  • 調査・解決の過程で得られた知見のナレッジベースへの登録
  • 問題管理チームや変更管理チームとの連携

インシデントマネージャーの役割

インシデントマネージャーは、インシデント管理プロセス全体を統括し、円滑な運用に責任を持つ役割です。特に、ビジネスに大きな影響を及ぼす「重大インシデント」発生時には、司令塔として関係者を指揮し、迅速な復旧を目指します。

主な役割は以下の通りです。

  • インシデント管理プロセス全体の設計、導入、および継続的な改善
  • 重大インシデント発生時の対応プロセスの指揮・統制
  • 経営層や関係部署への状況報告とコミュニケーション
  • SLA(サービスレベル合意書)の遵守状況の監視と評価
  • 各チーム間の連携促進とリソースの調整

これらの役割と責任を明確にするために、以下のような表を作成し、組織内で共有することが有効です。

役割主な責任範囲求められるスキル
サービスデスクインシデントの受付、記録、一次対応、エスカレーションコミュニケーション能力、基本的なIT知識、正確な記録能力
専門チームエスカレーションされたインシデントの調査、診断、解決各分野における高度な専門知識、問題解決能力
インシデントマネージャープロセス全体の管理、重大インシデント対応の指揮、関係者調整リーダーシップ、判断力、プロセス管理能力、交渉力

情報共有を円滑にする報告と連絡のルール

インシデント対応において、迅速かつ正確な情報共有は、対応の質とスピードを左右する極めて重要な要素です。誰が、いつ、誰に、何を、どのように報告・連絡するのか、事前に明確なルールを定めておく必要があります。ルールが曖昧だと、報告漏れや誤った情報伝達が発生し、かえって混乱を招く原因となります。

具体的には、以下のような項目についてルールを定義し、関係者全員に周知徹底しましょう。

  • インシデント発生時の第一報:発見者が誰に、どのツール(チャット、電話など)で、どのような情報(発生日時、事象、影響範囲など)を報告するか。
  • 進捗報告の頻度と方法:対応中のインシデントについて、どのくらいの頻度で、管理ツールや定例会議などで状況を共有するか。
  • エスカレーションの基準と手順:どのような状態になったら上位者や専門チームにエスカレーションするのか、その際の連絡ルートと方法。
  • 関係部署への連携:営業部門やカスタマーサポート部門など、直接顧客と接する部署へ、いつ、どのタイミングで、どのような内容を共有するか。
  • 完了報告のフォーマット:インシデントが解決した際に、原因、対処内容、再発防止策などをまとめた報告書のフォーマットと提出先。

これらのルールを整備することで、担当者個人の判断に依存することなく、組織として一貫性のあるスムーズなコミュニケーションが実現します。

ナレッジベースの構築と活用法

ナレッジベースとは、過去のインシデント対応履歴やFAQ、マニュアルなどの知識・情報を一元的に集約したデータベースのことです。ナレッジベースを構築・活用することで、対応ノウハウの属人化を防ぎ、組織全体のインシデント解決能力を底上げすることができます。

ナレッジベースには、以下のような情報を蓄積していくことが効果的です。

  • 過去のインシデント対応記録:発生した事象、原因、実施した対処法、最終的な解決策などを詳細に記録します。
  • FAQ(よくある質問):ユーザーから頻繁に寄せられる質問とその回答をまとめておきます。
  • 暫定的な回避策(ワークアラウンド):恒久的な解決策が適用されるまでの間、業務影響を最小限に抑えるための一時的な対処法を記載します。
  • 各種マニュアルや仕様書:システムの操作マニュアル、構成情報、トラブルシューティングガイドなどを整備します。

構築したナレッジベースは、単に情報を蓄積するだけでなく、積極的に活用することが重要です。例えば、サービスデスクは問い合わせを受けた際にまずナレッジベースを検索することで、一次解決率の向上が期待できます。また、インシデントのクローズ時には、対応内容をナレッジとして登録するプロセスを義務付けることで、情報の陳腐化を防ぎ、常に最新の状態を維持することができます。これにより、組織の貴重な資産として、継続的にインシデント管理の品質向上に貢献します。

自社に最適なインシデント管理ツールの選び方

自社に最適なインシデント管理ツールの選び方(全体図) 導入メリット 比較すべき5ポイント 代表ツール例 一元管理・可視化 対応漏れ/重複防止、進捗が一目で分かる プロセス標準化・迅速化 割り当て/エスカレーションの自動化 ナレッジの蓄積・共有 再発時に過去解決策を迅速に参照 SLA管理・品質向上 遅延リスク可視化でSLA遵守率向上 1 機能の網羅性 チケット/ワークフロー/レポート/ナレッジ 2 操作性・カスタマイズ性 UI/UX、入力項目、通知/エスカレーション 3 連携機能 チャット/監視/開発/情報共有、API 4 サポート・導入実績 日本語対応、導入支援、同業/同規模事例 5 コスト/ROI 料金体系、総コスト、効率化効果 Redmine オープンソース/高い拡張性・自由度 自社運用に知見があるチーム向け 適した組織: コスト重視・技術力あり ServiceNow ITIL準拠のITSMプラットフォーム 多機能・自動化で大規模運用に最適 適した組織: 大企業/本格運用 Backlog 直感的UI、プロジェクト/課題管理が容易 IT部門以外とも連携しやすい 適した組織: シンプル運用重視 要件整理 候補比較 無料トライアル ROI評価 導入/運用開始

インシデント管理のプロセスを効率化し、属人化を防ぐためには、インシデント管理ツールの活用が不可欠です。しかし、市場には多種多様なツールが存在し、自社の規模や業務フロー、解決したい課題に合わないツールを選んでしまうと、かえって業務が煩雑になる可能性もあります。この章では、自社にとって最適なインシデント管理ツールを選定するための具体的な方法を解説します。

インシデント管理ツールを導入するメリット

インシデント管理ツールを導入することで、Excelやメールベースでの管理から脱却し、多くのメリットを享受できます。主なメリットは以下の通りです。

  • 情報の一元管理と可視化
    発生したインシデントに関する全ての情報(発生日時、内容、担当者、対応履歴、ステータスなど)を「チケット」として一元管理できます。これにより、誰が、何を、どこまで対応しているのかが一目瞭然となり、対応漏れや重複対応を防ぎます。
  • 対応プロセスの標準化と迅速化
    インシデントの受付からクローズまでの一連のワークフローをツール上で標準化できます。担当者の割り当てやエスカレーションを自動化することで、対応の属人化をなくし、迅速かつ均質なサービス提供が可能になります。
  • ナレッジの蓄積と共有
    過去のインシデント対応履歴がナレッジベースとして蓄積されます。これにより、類似のインシデントが発生した際に過去の解決策を容易に参照でき、担当者のスキルに依存しないスピーディーな問題解決を実現します。
  • SLAの管理とサービス品質の向上
    サービスレベルアグリーメント(SLA)で定めた目標時間(一次回答時間や解決時間など)をツールで計測・監視できます。対応遅延のリスクを可視化し、SLA遵守率を高めることで、サービス品質の維持・向上に繋がります。

ツール選定で比較すべき5つのポイント

数あるツールの中から自社に最適なものを選ぶためには、多角的な視点での比較検討が重要です。ここでは、ツール選定において特に重視すべき5つのポイントを解説します。

機能の網羅性

まず、インシデント管理に必須の基本機能が備わっているかを確認しましょう。具体的には、問い合わせの受付、チケット発行、ステータス管理、担当者割り当て、対応履歴の記録、通知機能などが挙げられます。その上で、自社の運用レベルに合わせて、ITILに準拠した問題管理や変更管理機能、FAQとしても活用できるナレッジベース機能、レポート作成機能などが搭載されているかを確認します。

操作性とカスタマイズ性

ツールは毎日使うものだからこそ、IT担当者だけでなく、問い合わせを行う従業員にとっても直感的で分かりやすい操作性(UI/UX)が重要です。無料トライアルなどを活用し、実際の画面を触って操作感を確認することをお勧めします。また、自社の業務プロセスに合わせて、入力項目の追加やワークフローの変更、通知ルールの設定などが柔軟に行えるカスタマイズ性の高さも、ツールを形骸化させないための重要な要素です。

他システムとの連携機能

インシデント管理は、他のシステムと連携することでさらに効果を発揮します。例えば、以下のようなシステムとの連携が可能かを確認しましょう。

  • チャットツール(Slack, Microsoft Teamsなど):インシデント発生の通知や対応状況の共有を迅速に行えます。
  • 監視ツール(Zabbix, Datadogなど):システム異常を検知した際に、自動でインシデントを起票できます。
  • 開発管理ツール(Jira, GitHubなど):ソフトウェアのバグが原因のインシデントを、開発チームのタスクとスムーズに連携できます。
  • 情報共有ツール(Confluenceなど):インシデント対応で得られた知見を、ナレッジとして体系的に蓄積できます。

API連携の可否や、標準で連携できるアプリケーションの種類は、ツール選定における重要な比較ポイントです。

サポート体制と導入実績

ツールの導入時や運用開始後に問題が発生した際に、ベンダーからどのようなサポートを受けられるかは非常に重要です。マニュアルやFAQの充実はもちろん、電話やメールでの問い合わせに日本語で対応してくれるか、導入支援コンサルティングの有無などを確認しましょう。また、自社と同業種・同規模の企業への導入実績が豊富かどうかも、ツールの信頼性を測る指標となります。

コストパフォーマンス

ツールの価格は、ライセンス体系(ユーザー数課金、機能ごとの課金など)や提供形態(クラウド型、オンプレミス型)によって大きく異なります。単に初期費用や月額料金の安さだけで判断するのではなく、ツールの導入によって得られる業務効率化の効果や削減できる人件費などを考慮し、長期的な視点での投資対効果(ROI)を見極めることが肝心です。

国内で人気のインシデント管理ツール3選

ここでは、国内で広く利用されており、それぞれ特徴の異なる代表的なインシデント管理ツールを3つご紹介します。自社の目的や規模に合ったツールを選ぶ際の参考にしてください。

ツール名主な特徴推奨される導入対象
Redmineオープンソースで無料から利用可能。プラグインによる機能拡張やカスタマイズの自由度が非常に高い。コストを抑えたい企業。自社でサーバー構築・運用ができる技術力のあるチーム。
ServiceNowITILに完全準拠したITSMプラットフォーム。インシデント管理だけでなく、IT業務全般を統合管理・自動化できる。ITILに基づいた本格的な運用を目指す大企業。複数のITプロセスを連携させたい組織。
Backlog国産ツールならではの直感的なUI。IT部門以外でも使いやすい。タスク管理やプロジェクト管理機能が充実。シンプルで使いやすいツールを求める企業。エンジニアと他部門が連携して業務を進めるチーム。

Redmine

Redmine(レッドマイン)は、オープンソースのプロジェクト管理ソフトウェアです。無料で利用できる上に、プラグインを追加することでインシデント管理(チケット管理)ツールとして高度にカスタマイズできます。自社サーバーにインストールして利用するため、セキュリティポリシーが厳しい企業でも導入しやすいのが特徴です。ただし、導入や運用、セキュリティ対策には専門的な知識が必要となり、ベンダーによる手厚いサポートは期待できません。

ServiceNow

ServiceNow(サービスナウ)は、ITILに準拠したITサービスマネジメント(ITSM)を実現するための統合プラットフォームです。インシデント管理はもちろん、問題管理、変更管理、構成管理データベース(CMDB)など、IT運用に関わるあらゆるプロセスを単一のプラットフォーム上で管理・自動化できます。機能が非常に豊富な反面、ライセンス費用は高額になる傾向があり、主に大規模な組織での導入事例が多いツールです。

Backlog

Backlog(バックログ)は、株式会社ヌーラボが提供する国産のプロジェクト管理・タスク管理ツールです。シンプルで直感的なインターフェースが特徴で、IT部門だけでなく、マーケティングや人事、総務など様々な部門で利用されています。インシデントを「課題」として登録し、担当者や期限を設定して進捗を管理する、というシンプルな運用に適しています。厳密なITIL準拠よりも、チーム内の情報共有とタスクの可視化を重視する場合に最適な選択肢の一つです。

インシデント管理の質をさらに高めるためのヒント

インシデント管理の質を高める3つのヒント SLA × KPI × ポストモーテムで回すデータ駆動の改善サイクル PDCA 継続的な改善 測定・監視 学び・改善 合意・SLA更新 SLAを設定し可視化 目標応答/解決時間を定義 稼働率など品質指標を明確化 可視化で優先順位を統一 外部との約束(サービス品質の基準) KPIで継続改善 MTTR・FCRを追跡 エスカレーション率/件数を分析 ダッシュボードで共有 内部指標(プロセス健全性の評価) ポストモーテムで再発防止 根本原因を特定 非難なしで学びを共有 アクションと期限を明確化 事後検証で学びを資産化

インシデント管理は、発生した問題を迅速に解決するだけでなく、そのプロセス自体を継続的に改善し、将来のインシデントを未然に防ぐことが重要です。場当たり的な対応を脱し、組織として成熟したインシデント管理体制を築くためには、データに基づいた客観的なアプローチが不可欠です。ここでは、インシデント管理の質を一段階引き上げるための3つの具体的なヒントをご紹介します。

SLAを設定しサービス品質を可視化する

SLA(Service Level Agreement:サービス品質保証)とは、サービス提供者と利用者の間で合意するサービス品質のレベルを定義したものです。インシデント管理においてSLAを設定することで、対応の目標が明確になり、サービス品質を客観的な指標で測定・評価できるようになります。

SLAがなければ、対応の優先順位は担当者の主観に依存しがちになり、利用者との間で「対応が遅い」「どこまで対応してくれるのかわからない」といった認識のズレが生じる原因となります。SLAを定めることで、双方が納得できるサービスレベルの基準を設け、安定したサービス提供と顧客満足度の向上を目指します。

インシデント管理におけるSLAの代表的な項目には、以下のようなものがあります。

SLA項目内容設定例
応答時間(レスポンスタイム)インシデントの報告を受けてから、担当者が初期対応を開始するまでの時間。優先度「高」:15分以内
優先度「中」:1時間以内
解決時間(レゾリューションタイム)インシデント発生から、完全に解決しサービスが復旧するまでの時間。優先度「高」:4時間以内
優先度「中」:8営業時間以内
稼働率(アベイラビリティ)システムやサービスが正常に稼働している時間の割合。月間稼働率99.9%以上

これらのSLAを定義し、その達成度を定期的にモニタリングすることで、サービス品質の維持・向上に繋がります。

KPIを定めて継続的な改善活動を行う

SLAが「利用者との約束」であるのに対し、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)は「インシデント管理プロセスそのものの健全性を測るための内部的な指標」です。KPIを定めて定期的に測定・分析することで、プロセスのどこに課題があるのか(ボトルネック)を特定し、具体的な改善策を立てることができます。

データに基づいた改善サイクル(PDCA)を回すことで、インシデント管理チームのパフォーマンスを継続的に向上させることが可能になります。設定すべきKPIは組織の目標によって異なりますが、一般的には以下のような指標が用いられます。

KPI項目内容と目的
平均解決時間(MTTR)Mean Time To Resolutionの略。インシデントの解決までにかかる時間の平均値。この時間が短いほど、迅速に対応できていることを示します。
初回コール解決率(FCR)First Call Resolutionの略。サービスデスクが受け付けた問い合わせを、エスカレーションすることなく最初の担当者だけで解決できた割合。高いほど、サービスデスクのスキルとナレッジが充実していることを意味します。
エスカレーション率二次対応チームや専門チームに対応を引き継いだインシデントの割合。この比率が高い場合、サービスデスクの解決能力や情報共有に課題がある可能性を示唆します。
インシデント発生件数特定の期間内に発生したインシデントの総数。カテゴリ別に分析することで、問題が多発しているシステムやサービスを特定し、根本的な対策を講じるきっかけになります。

これらのKPIをダッシュボードなどで可視化し、チーム全体で共有することで、目標達成に向けた意識を高めることができます。

ポストモーテムを実施し再発防止を徹底する

ポストモーテム(Post-mortem)とは、インシデントが解決した後に、その原因や対応プロセスを詳細に振り返り、分析する活動のことです。「事後検証」や「振り返り会」とも呼ばれます。ポストモーテムの最大の目的は、インシデントを単なる「障害」で終わらせず、組織全体の「学び」と「成長」の機会に変えることにあります。

この活動で最も重要なのは、「誰が」失敗したかを追及する「犯人探し」ではなく、「なぜ」そのインシデントが発生したのかという根本原因を客観的に分析することです。非難のない文化を醸成することで、参加者は率直に意見を述べることができ、より本質的な原因究明と効果的な再発防止策の立案に繋がります。

効果的なポストモーテムを実施するためには、以下の要素を含む報告書を作成し、関係者で共有することが推奨されます。

  • インシデントの概要:いつ、何が起こったのかを簡潔に記述。
  • 影響範囲:どのサービス、どの利用者に、どのような影響があったかを具体的に記述。
  • 対応のタイムライン:検知、調査、エスカレーション、解決といった一連の対応を時系列で正確に記録。
  • 根本原因分析:「なぜなぜ分析」などの手法を用いて、インシデントを引き起こした本当の原因を特定。
  • 評価(Good/Bad):今回の対応で良かった点(Good)と、改善すべき点(Bad)を洗い出す。
  • 再発防止策(アクションアイテム):根本原因を解決するための具体的なアクションプランを策定。必ず「担当者」と「期限」を明確にする。

ポストモーテムを通じて得られた知見や再発防止策は、ナレッジベースに蓄積し、組織全体の資産として活用していくことが、インシデント管理体制の成熟度を高める鍵となります。

まとめ

本記事では、インシデント管理の基本的な定義から、具体的なプロセス、効果的な体制の構築方法、そして自社に最適なツールの選び方まで、網羅的に解説しました。インシデント管理は、単に発生した問題に対処するだけの活動ではありません。ビジネスへの影響を最小限に抑え、サービスの安定稼働を維持し、顧客からの信頼を守るための極めて重要なプロセスです。

成功の鍵は、インシデントの検知からクローズまでの一貫したフローを確立し、サービスデスクや専門チームといった役割と責任を明確にすることにあります。さらに、ServiceNowやRedmineなどのインシデント管理ツールを導入することで、情報共有の迅速化と対応の効率化が実現できます。自社の規模や目的に合ったツールを選定することが、その効果を最大化する上で不可欠です。

そして最も重要なのは、インシデントを単なる失敗で終わらせず、SLAやKPIによる評価、ポストモーテムによる原因分析を通じて、継続的な改善に繋げる文化を醸成することです。この記事が、貴社のインシデント管理体制を見直し、より強固なサービス基盤を築くための一助となれば幸いです。

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